2007年07月08日
 ■ ヒューゴー賞に投票する

 ヒューゴー賞に投票しました。初めてのことなのでうれしかったです。

 SFマガジンの7月号と8月号で、2号連続のワールドコン特集が組まれ、ノヴェレット部門とショート・ストーリー部門の候補作・全10篇が、翻訳掲載されています。

 

7月号 amazon.co.jp
8月号 amazon.co.jp

 たった2部門とはいえ、候補作をすべて日本語で読んだうえでヒューゴー賞に投票できる機会など二度とあるとは思えず、その意味で、日本でのワールドコンを実現させた関係者、SFマガジン編集部、特集を監修した小川隆さんに大いに感謝したいです。

 実際に投票するまでよく判っていなかったのですが、ヒューゴー賞の投票というのは、候補作の中から1作を選ぶのではなく、順位を付けるのですね。私は小説2部門と映像2部門に投票してみました。
 私の投票順位は以下の通り。


■ノヴェレット部門

(1) イアン・マクドナルド「ジンの花嫁」
Ian McDonald "The Djinn's Wife"
 未来SF。分裂国家インドの踊り子とAIのロマンスを描いたもので、エキゾチズム、音楽、セックスの快美など、マクドナルドの文章力をもってすれば盛り上がるのは当然。

(2) ジェフ・ライマン「ポル・ポトの美しい娘(ファンタジイ)」
Geoff Ryman "Pol Pot's Beautiful Daughter (Fantasy)"
 現代ファンタジー。(架空の)ポル・ポトの娘と貧しい青年のロマンスを通して、赦しの問題を扱っている。題材が題材だけに筆力を抑え、倫理的に取り組んでいるのは好感が持てる。

(3) パオロ・バチガルピ「イエローカードマン」
Paolo Bacigalupi "Yellow Card Man"
 未来SF。バンコクの下層をさまよう難民の老人が主人公。語りに迫力があるし、説明抜きで未来の風景を浮かび上がらせる手法も悪くないが、いかんせん近未来すぎてSFとしての飛躍に欠ける。

(4) マイクル・F・フリン「夜明け、夕焼け、大地の色」
Michael F. Flynn "Dawn, and Sunset, and the Colours of the Earth"
 現代SF。1000人乗り大型フェリーの消失事件という異常現象はおもしろいが、さまざまな反応を多角的に描きすぎたせいで、本来の寂寥感は薄れてしまったと思う。

(5) マイク・レズニック「きみのすべてを」
Mike Resnick "All the Things You Are"
 未来SF。どこのシャンブロウですか?と言いたくなる擬古調のSF。他と比べるとものすごく読みやすいが。


■ショート・ストーリー部門

(1) ベンジャミン・ローゼンバウム「あなたの空の彼方の家」
Benjamin Rosenbaum "The House Beyond Your Sky"
 たぶん未来SF。擬人化された宇宙論と仮想空間のAIと創世神話の物語――なのだと思うが、そもそも一人称複数の語り手が何者なのかもわからないし、だいたい「オントトロープ」って何? 理解できたとは言いがたいので傑作とは書かないでおくが、その難解さや挑発的な書き方も含めて、私がSFに求めるのは、こういう大風呂敷なのだ。

(2) ニール・ゲイマン「パーティで女の子に話しかけるには」
Neil Gaiman "How to Talk to Girls at Parties"
 現代ファンタジー。邦訳されたゲイマンの短篇を読んで失望したことはないが(たぶんこれが9篇目)、これも文句なしの傑作。十代の少年少女を主人公に、身近すぎるものと神話的なものを、気取らないやり方で結びつけるのが得意、というゲイマンの特長がそのまま簡潔に作品化されている。

(3) ロバート・リード「八つのエピソード」
Robert Reed "Eight Episodes"
 ほぼ現代SF。8話で打ち切られたSFテレビシリーズを通してフェルミのパラドックスを考察している。この10篇のなかでは唯一のハードSFと言えそう。こんな番組があったら見てみたいが、ハードSFとしての新味はないと思う。

(4) ブルース・マカリスター「同類」
Bruce McAllister "Kin"
 未来SF。早熟な少年と異星人の殺し屋の交流を描いたもので、SFらしさに溢れた筆致はいいが、本質的にはSFである必要はなさそう。

(5) ティム・プラット「見果てぬ夢」
Tim Pratt "Impossible Dreams"
 現代SF。「魔法の店」テーマでレンタルビデオ屋を題材にしたもの。こういう話こそ私が擁護すべきだと思う人がいるかもしれないが、残念でした。失われたものに対する愛惜や畏れがあまりになく、軽すぎて辟易。『マリオンの壁』を百回読んで出直して来い!と言いたくなる。いかにもなオチは、中学生ぐらいの映画ファンが考えそうなもの。


■長篇映像部門
(1) パンズ・ラビリンス Pan's Labyrinth
(2) スキャナー・ダークリー A Scanner Darkly
(3) トゥモロー・ワールド Children of Men
(4) プレステージ The Prestige
(5) Vフォー・ヴェンデッタ V for Vendetta
 去年は『セレニティー』が、一昨年は『Mr.インクレディブル』が受賞。今年の候補作は(5位を除けば)かなり充実していると思います。


■短篇映像部門
(1) ドクター・フー 第26話「嵐の到来」/第27話「永遠の別れ」 Doctor Who "Army of Ghosts" "Doomsday"
(2) ドクター・フー 第18話「暖炉の少女」 Doctor Who "Girl in the Fireplace"
(3) ドクター・フー 第17話「同窓会」 Doctor Who "School Reunion"
(棄権) バトルスター ギャラクティカ 第32話(シーズン2第18話)(未放送) Battlestar Galactica "Downloaded"
(棄権) スターゲイト SG-1 第200話(シーズン10第6話)(未放送) Stargate SG-1 "200"

 日本では未放送の2作は棄権。「ドクター・フー」のエピソード3本に順位をつけました。この部門、去年は「ドクター・フー」が(第9話「空っぽの少年」/第10話「ドクターは踊る」)、一昨年は「バトルスター ギャラクティカ」が(シーズン1の第1話)が受賞しており、やはりこの2作の評価が抜きん出ていることが伺えます。


ワールドコン「Nippon2007」の公式サイト
http://www.nippon2007.org/

オンライン投票はここから(7月末締切)
http://www.nippon2007.us/hugo_voting/

投票にはメンバーシップIDとは別にPINナンバーなるものが必要。PINナンバーの請求はこのページ最下段の項目を参照。
http://www.nippon2007.org/jpn/participant/participant_hugo_nominate.shtml
 

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2007年07月07日
 ■ バルカンの鎚

 昨日は、三省堂神保町本店で行われたイベント「柳下毅一郎さん、滝本誠さんトークショー ゴーレム降臨! アルフレッド・ベスターに始まるSF史」に行ってきました。
 ベスターの『ゴーレム100』がついに!!!翻訳刊行されたことを記念するイベントです。


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 SFファンよりは映画ファンに名を知られているであろう評論家・滝本誠がなぜここに出てくるのか、ということで、最初にまず、70年代における滝本氏(平凡出版で雑誌クロワッサンの創刊編集者)のSF仕事が紹介されたわけですが、クロワッサンのSF記事のあまりにも先進的な内容に目を瞠らされたあと、さらに驚愕の告白がもたらされました。

『バルカンの鎚』の翻訳者は滝本誠だった!

 フィリップ・K・ディックの長篇 "Vulcan's Hammer" (1960) の翻訳が、4号で頓挫したSF誌「月刊バルーン」に連載されていたことはご存じの方も多いと思いますが(1979年9月~12月号)、その『バルカンの鎚』の翻訳者「都筑明」とは、何を隠そう滝本誠だったというのです。ペンネームの由来は「こんなこと“つづくめえ”」のもじりだった由。

"Vulcan's Hammer" は今に至るも未訳であり、中断したといえこれは貴重な試みだったわけで、ビブリオグラファー、フィリップ・K・ディック・ファン双方の注意を喚起しておきたいです。

「月刊バルーン」の表紙画像とデータはこのサイトで見ることができます。
http://www.asahi-net.or.jp/~hh8m-iok/jp-balloon.htm


 イベントはこのあとも、滝本誠と黒丸尚のささやかな邂逅のエピソードなど聞きどころが多く、さらには会場を訪れた渡辺佐智恵、若島正、山形浩生が順に登壇して、なんとも豪華なパネルと相成りました。とはいえ、個人的にはやはり『バルカンの鎚』ショックが最大の驚きであったと言いたいです。


 アルフレッド・ベスターのSF長篇といえば、たった5冊しかないわけですが、

分解された男(1953)
虎よ、虎よ!(1957)
コンピュータ・コネクション(1974)
ゴーレム100(1980)
The Deceivers(1981)

今回の『ゴーレム100』の売れ行き次第では、最後の1冊の翻訳もありうるかもしれません。2625円という大部の翻訳小説としてはずいぶんお買い得な感じのする値段でもあり、みんなで買って読んで、大いに盛り上げようではありませんか。
 

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2007年06月25日
 ■ さらばSFオンライン

 5年4ヶ月前に休刊したウェブマガジン「SFオンライン」だが、その後もずっと読むことができていた全号のバックナンバーが、この6月末をもってネット上から消えることになった。

SFオンライン
http://www.so-net.ne.jp/SF-Online/

 創刊から編集に参加し、自分でも多くの記事を書いてきた身としては、ひじょうに残念だし、もったいないと思うのだが、こればかりは仕方がない。しばらくはgoogleのキャッシュでも読めるだろうし、気に入った記事があればぜひ手もとに保存しておくことをおすすめする。また今後、特定の記事を読みたいという人がいれば、個人的にできるだけの対応はするので連絡してほしい。

 雑誌がなくなると、紙の雑誌だったら古本屋で探すこともできるが、ウェブマガジンは消失してしまうわけで、おおぜいの書き手やデザイナーや取材させてもらった人々の思い、5年間61号分の足跡が、まるでなかったかのように雲散霧消してしまうのが、なんとも恐ろしく、やりきれないことではある。
 紙の雑誌との違いは当初から大きなテーマだったが、その意味では、最後の最後までこちらがメディアの特性に追いつけず、振り回されたような気がする。

 SFオンライン時代を思い出すと、楽しかったことも辛かったことも、誇りたいことも謝りたいことも山のようにある。ともに働いた人々、ここで知り合った人たち、そして何よりも読んでくれた人たちに、最大限の感謝を捧げておきたい。


特集と連載の目次
http://www.so-net.ne.jp/SF-Online/back.html

書籍・映画・ゲーム・アニメの全レビュー作品リスト
http://www.so-net.ne.jp/SF-Online/list.html
 
 

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