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2008年06月25日

 ■ Ken Vandermark のドキュメンタリー映画

「添野君、ヴァンダーなんとかっていうサックスの人、知ってる?」と、ある人から訊かれたのは一昨年のこと。「知ってるもなにも、ケン・ヴァンダーマークだったら96枚ぐらいレコード持ってますよ!」と威勢よく答えたわけだが、なんでもドキュメンタリー映画祭のコンペ部門に、ヴァンダーマークを撮った映画の応募があったのだという。
 そんなわけで、そういう作品があることは早くから知っていて、見たくてたまらなかったのだが、昨年いくつかの映画祭で上映され、先月ついに米本国でDVD化されたこれを、ようやく見ることができた。

"The Work Series: Musician" (Facets Video DV96157/2008)

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 ケン・ヴァンダーマークをかんたんに紹介すると、フリー・ジャズの演奏家で、シカゴ在住の白人男性で、テナー・サックス、バリトン・サックス、クラリネット、バス・クラリネットを主に演奏し、数えきれないほどのグループや企画を主宰し、(フリー・ジャズや即興音楽の世界では)国際的な人気があるが、いまだ来日したことがない、という人である。私も生演奏に接したことはない。

 個人的には、90年代の一時期まったくジャズを聴かなくなっていた私を、レコードを通じて引き戻してくれた恩人のひとりであり、それ以来のファンなのだが、この人のすごいところは、とにかく多作なことで、聴き続けているとあっという間にCD棚が埋まってしまう。毎月のように新作・参加作のアルバムが出ていて、中には2枚組、3枚組、ひどいときは12枚組(!)もあるという情け容赦のなさ。それでも、どのアルバムもそれぞれ工夫が凝らされ、ていねいに作られていて聴きでがあるから、やめられない止まらないのである。

 このドキュメンタリー映画『ミュージシャン』は、06年ごろのヴァンダーマークに密着取材した作品で、ダニエル・クラウスというドキュメンタリー映画作家の「仕事」シリーズ第2弾として製作された。「保安官」「音楽家」と来て、次作は「大学教授」というシリーズなのだが、別に職業紹介が目的ではなく、どれも特異な人物ありきでその仕事に迫るという内容になっているようだ。

 本篇58分、ヴィスタ・サイズ、HDヴィデオ撮影で、DVDはスクイーズ収録。NTSCのみだが、リージョン・オールの英語字幕付きということで、世界中で見てもらうことを想定した仕様になっている。聴き取りの苦手な日本人としては、英語字幕は最高にありがたい。
 特典として、本篇で使われなかったシーンがこれまた60分近く付いており、ノーカットの演奏シーンも含まれる。音楽ファンにとっては、ほとんど2時間近いてんこ盛りの内容と言える。

 全体は「作曲」「スタジオ」「ツアー」「家族」など11章に分かれており、スクールデイズ、ポール・ニルセン=ラヴとのデュオ、FME、パワーハウス・サウンド、CINC、ソロなどさまざまな編成での演奏シーンが次々に飛び出してくる。CINCでの北米ツアーが一応の山場になっているが、映画全体としては、音楽にもインタビューにも偏ることなく、人物をじっと見つめて、そこから何かを感じ取らせるという手法が貫かれている。最前からこれを「音楽ビデオ」ではなく「ドキュメンタリー映画」に分類しているのは、この手応えがはっきりしているからに他ならない。

 レコードから聞えるもの、そこから私の中にできあがっていたケン・ヴァンダーマークという人の人物像を超えるものは、ここにはない。しかし意外性がないからといって、この映画が薄っぺらな出来というわけではまったくない。それどころか、100枚のアルバムを聴いてきたのと同じ印象を1時間で得られるのだから、優れたドキュメンタリー映画の力というのは、やはり大したものなのだ。

 ここに映っているのは、つねに疲れきって、睡眠不足で、いらだっている一人の男の姿である。40代になったばかりの彼は、いらだちを静かに押し殺しながら、作曲して、練習して、リハーサルをして、録音して、スケジュールを立てて、ツアーに出て、インタビューに答えている。DIYに徹した活動ぶりと、そうでなければやっていけない「フリー・ジャズ」演奏家の生活の厳しさに驚く人もいるかもしれないが、それはこのジャンルの聴き手なら先刻承知のこと。問題はなぜそこまでして、多岐にわたる活動を続けるのか、倦まず弛まずライヴとレコード制作に邁進するのか、であり、1時間の映画を最後まで見ることで、その答えが「音楽家」と「音楽」の関係にあることがわかってくる仕掛けになっている。

 そこで初めて『ミュージシャン』という題名の意味と普遍性が浮かび上がってくるのだが、だからといって撮影の対象が誰でもよかったというわけではなく、これはやはり、ケン・ヴァンダーマークという特異な音楽家がいてこそ成立した映画なのだ――というのは贔屓の引き倒しだろうか。

 そのほか、わかっていたはずでも、改めて印象づけられたのは、作曲を重視するヴァンダーマークの姿勢。即興で演奏することと同じぐらい、作編曲へのこだわりがあり、この2つが2本の柱のように彼の音楽活動を支えている。そんな印象が得られたのは収穫だった。

 未使用シーンの中には、本篇には登場しない、テリトリー・バンドのリハーサル風景や、ヴァンダーマーク5、ブリッジ61といった編成での演奏が含まれている。音楽ファンとしてはもちろんうれしい付録なのだが、これらの撮り方や、撮っておいて使わなかった選択基準をみても、映画の作り手の目的意識の高さ、明解さがよくわかる。ダニエル・クラウスというこの監督の今後も、要注目だろう。


Ken Vandermark 本人のサイト
http://www.kenvandermark.com

Ken Vandermark のディスコグラフィ
http://tisue.net/vandermark/

Daniel Kraus と Work Series のサイト
http://www.workseries.com
 

投稿者 chisesoeno : 2008年06月25日 06:33

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