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2007年02月11日

 ■ ライン・オブ・ビューティ 愛と欲望の境界線

 紹介しようかどうしようか、いささかの躊躇があったのは、ひとつにはゲイのセックスをテーマ(のひとつ)にした作品だから。つまり、よく知らないことについて軽々に発言するのはためらわれるということ。もうひとつは、またしてもWOWOWの放送作品ということで、片寄って見えるのではないかということ。仕事の都合上、放送に先立って見ていることが多いので、これはお許し願いたい。

 というわけで「ライン・オブ・ビューティ 愛と欲望の境界線」である。英国BBCが制作し、昨年5月に放送した60分×3回のテレビミニシリーズ。日本では本日11日(日)の放送が初公開となる。

公式サイト
http://www.wowow.co.jp/drama/lob/

 この美青年3人の水浴び写真を見ただけで、もうダメという人もいるだろうし、うれしいという人もいるだろうが、実際の内容はこの印象よりもずっと複雑で、一筋縄ではいかないテレビドラマである。挑戦的で、非常によくできている、と思う。

 数多の文学作品の映像化を手がけてきたBBCだが、これはイギリス人作家アラン・ホリングハーストの同名長篇が原作。2004年のブッカー賞受賞作だが、邦訳はない。まったく知らない作家だったので調べてみると、サマセット・モーム賞受賞作の『スイミングプール・ライブラリー』(早川書房)がかつて邦訳されており、日本でも知名度ゼロというわけではないようだ。

『スイミングプール・ライブラリー』の翻訳者・北丸雄二による言及
http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2004/10/post_63.html

翻訳家・宮脇孝雄による原著の紹介
http://www.alc.co.jp/eng/hontsu/book/0504/01.html


 物語の舞台は、サッチャー政権下で景気回復の波に乗り、ささやかなバブル景気にわく80年代のイギリス。大学院生でこれから社会に出ようとするゲイの青年ニックの成長と、彼が寄宿することになる邸宅の主人で、保守党の有力国会議員であるジェラルド・フェッデンの野望が、並行して描かれていく。

 原作がどうなっているか知らないが、全3回という構成を、それぞれ83年、86年、87年に起きたことをじっくりと描くのに振り分けたのがうまい。脚色を手がけたのは、「高慢と偏見」などBBCで数多くの文学作品を担当し、映画『ブリジット・ジョーンズの日記』も書いた、70歳になる大ベテランのアンドリュー・デイヴィス。

 そして、とにかく驚かされるのが、恋愛とセックスの描写の生々しさ。これをテレビで放送したBBCの胆力には敬服するしかない。ゲイの恋人たちの、相手の探し方から、互いのどこに魅力を感じるかの感覚、実際のセックスの次第までが、ノンケでのんきな人間にもきちんとわかるように、ていねいに描かれている。

「ライン・オブ・ビューティ」という題は、吸うために一列にしたコカインのことであり、ニックが書いた原稿の題名でもある。そこには、「美は尽きぬもの」という、ある種の楽天主義と傲慢さの含意がある。
「政治家の家庭に入り込んだゲイの青年」という特殊な物語を描いているようでいて、じつはもっと普遍的な、静かな悲痛さとでもいったものが、全篇を通じて見る者の心に降り積もっていく仕掛けで、見始めると最後まで見ずにはいられない。

 もうひとつびっくりしたのは終わり方。ニックと議員の娘キャサリンのその後をめぐって、そこまで張ってきた伏線をわざと回収せず、見る者を中吊りにして終わる。エンタテインメントとして完結することを良しとしない、見る者にバトンを託すようなこのエンディングこそが、このドラマのもっとも挑戦的な部分かもしれない。

 音楽ファンにとっては、冒頭のニュー・オーダーに始まって、同時代のヒット曲が多数、さりげなく使われているのも楽しめる。とはいえ最大の驚きは、キンクスの「サニー・アフタヌーン」と、ローリング・ストーンズの「ゲット・オフ・マイ・クラウド」が演奏される場面に尽きるのだが。



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投稿者 chisesoeno : 2007年02月11日 01:57

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